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松本富太郎02.JPG

近代美術協会小史

昭和40年 (1965年) 松本富太郎により、有志10名をもって会を創立。
当時の美術団体の在り方に疑問を抱きつつ、あくまでも純粋な制作活動を目標として発足。
​同年10月、大阪市立美術館にて創立第一回展を開催。以来、東京を中心に、大阪、神戸の美術館、百貨店を会場として次々に作品を発表。

​昭和49年10月 (1974) 創立10周年を機に公募制を採用した。

昭和51年 (1976) この年、東京都新美術館が落成し、賜春3月に新装なれる上野公園・東京都美術館に於いて第12回展を開催。以後毎年、同美術館にて公募展を開催。

昭和54年 (1979) 創立15周年記念展に際し、会の新鋭20名による特別陳列を行い、同時に代表者である松本富太郎の記念賞を設ける。また、この年、安井賞展委員会より当協会の参加が認められ、同56年には同展入選者を出し、その後安井賞(大賞)受賞者を出すなど、多くの入選者を送り出した。

昭和58年 (1983年) 創立20周年に臨んで委員制を採用し、事務所、会計、会報とそれぞれ会務を分担する。
同年5月茨城県立文化センターにて巡回展を開催。さらに翌59年(1984年)、60年(1985年)にも2年続けて埼玉県立美術館にて巡回展を開催。翌61年(1986年)には代表松本富太郎の許にあった事務所を前島隆宇方へ移転した。

昭和63年 (1988) 第25回展は創立者松本富太郎の画業60年を記念し、特別陳列を併催、​記念展に相応しい展観となった。

平成5年 (1993) 創立30周年を一つの区切りとして将来に向け新たな前進を展望していた時、代表松本富太郎が平成7年2月、90歳を目前に急逝、第32回展は同代表の追悼展となり、遺作を陳列し追憶文集を発刊した。
このあと松原廣が顧問に就き、代表を前島隆宇、副代表を島村潔(平成8年急逝)、松浦昌明が担当し、事務所は松浦が兼任して今後に当たることとなった。

​平成8年 (1996) 第33回展より新企画として近年活動のめざましい会員の作品を特別陳列する企画を新設した。

​平成10年 (1998) 創立35周年を迎えて、会の創立者である故松本富太郎の遺作を特別陳列し、記念展とした。

平成12年 (2000) 第37回展から財団法人損保ジャパン美術財団(旧安田火災美術財団)による選抜奨励展に参加することになった。

平成13年 (2001) 38回展終了後、事務所を、釘宮節子方へ移転した。​

平成15年 (2003) 創立40周年を迎え、創立者である松本富太郎、創立会員の織田雅嗣、創立当初より会の重鎮であった後藤愛彦の遺作を特別陳列し、記念展とした。

平成17年 (2005) 第42回展終了後、事務所を長島浩方へ移転した。​

平成18年 (2006) 前島隆宇氏が代表を辞任。以後組織を改編、代表制を廃止して会の運営は運営委員会で行うこととし、委員長に松浦晶明が就任した。

平成19年 (2007) 第44回展終了後、事務所を西炎子方へ移転した。
​運営委員長松浦昌明が退会のため後任に江村達哉が就任した。

​平成22年、23年 (2010~2011) 東京都美術館改修工事に伴い、第47、48回展は埼玉県立近代美術館に於いて開催した。

平成25年 (2013) 創立50周年記念展に際し、創立者・松本富太郎、創立当初より会の重鎮であった後藤愛彦の遺作及び運営委員の作品を特別陳列した。

平成26年 (2014) 2月1日事務所を堀江進方へ移転した。
​第51回展から新企画として特別展示SSコーナーSコーナーを設けた。

平成29年 (2017) 運営委員長 江村達哉が永眠のため後任に小川華奈代が就任した。

令和2年 (2020) 第57回展はコロナウイルス感染禍により令和3年(2021年)に延期した。

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